またあえる日に。
*...and they all lived happily ever after Part 1-4*
静かな病室に本のページをめくる音だけが響く。
今日はアーサーさんとアルフレッドさん、それからフランシスさんが来てくれるのだ。
確か今日はイベントのようなものがあった気がするのだがよく思い出せない。
なんだったんだろう。少しだけ、胸に引っかかる。
そんなことを考えていたら不意にドアが開いた。
たぶん彼たちが来たのだろう。
カーテンのせいで入り口の様子は私にはよく分からないが、「アーサー!菊と早く会いたいんだぞ!!」「っ!ばかアル、静かにしてろよ」「坊っちゃん、そんな気取っちゃってー、アーサーのくせにー」なんて懐かしいやり取りが聞こえる。
静かに入り口と私の居る場所とを隔てていたカーテンが引かれ、萌葱色の瞳と目が合う。
「…菊」
少し不安そうに揺れていた彼の瞳は私と目が合うとその色がすうっと消えた。
「アーサーさん」
「アル達も約束どうり来たけど今日は入れても平気か?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
私の返事を聞くと微笑んでアルフレッドさん達を呼ぶ。
彼が呼ぶと一番にアルフレッドさんが私のほうに来てそれに少し遅れてフランシスさんも来た。
「菊ー!会いたかったんだぞっ」
「きーくーちゃんっ、久しぶり」
フランシスさんがアルフレッドさんの背後からぴょこんっと顔を出すものだから少し微笑む。
「おい、だからもう少し声はおさえろって…」
走って私のほうに来たアルフレッドさんに注意してカーテンを閉めると彼もこちらに来る。
「菊!思ったよりも元気そうでよかったんだぞ」
「大分慣れてきましたからね」
自分の顔に自然と笑みがこぼれて前までなら辛くしかならなかったであろう、この懐かしい空気が今はとても嬉しい。
そんな風にしばらく皆さんと話していると、思い出したようにアルフレッドさんがカバンから何かを出して私に渡してきた。
「これは?」
「何ってプレゼントなんだぞ!」
「…欧州のお方はなんでもない日にプレゼントをくれるのですか?」
私が言うと全員が一瞬固まってそれからアルフレッドさんが笑いながら言う。
「今日は菊の誕生日だろう?」
…あぁ、それで何か引っかかっていたのか。
やっとすっきりした。
「忘れてました、つい病院の中だとそういった感覚が薄れてしまうもので…」
そういうと何となくアルフレッドさんが悲しそうな顔をした。
私はそれにすぐ気が付いてどうすればいいのか分からなくなってしまった。
困っているとアーサーさんが「菊、プレゼント見てみな」そう言ってくれた。
アーサーさんは本当に私の気持ちを察してくれる。
そんな彼に感謝しながら袋から出してみる。
「これは?」
目に入ったのはクラスの人の写真と恐らく全員分の寄せ書き。
「みんなに書いてもらったんだよ。菊ちゃんのことみんな心配してるんだから」
「ちょっとでも支えになれば良いね、ってみんな張り切るから色紙3枚になっちゃったんだぞ!」
私の瞳から涙が一筋落ちて手の甲に落ちた。
止めようと思っても涙は止まらなくて。
私なんてもうしばらく学校に行ってないのに皆、気に留めておいてくれてたなんて。
本当にこんなにも温かい友達や、恋人、そしてクラスメイトを持っている私はきっと今、世界で一番幸せだと思う。
「菊っ、何で泣いてるんだい?」
「…嬉しいんです…」
皆さんの優しさは下手をしたら心が折れてしまいそうな私の確かな支えになってくれた。
☆
それから菊は俺達と学校の事、明るい事、そんなことを話していた。
今はアル達が帰って菊と俺で2人きりだ。
「菊」
「…?」
菊を呼ぶと顔を上げた。
「もうひとつプレゼントだ」
俺がそう言うと菊は不思議そうな顔をして、大きな目を何度もぱちぱちとしてまばたきをした。
それから少し首をかしげて「何ですか?」と言う。
そんな菊に俺は言う。
「退院の目処が付いた」
「え?」
困惑している菊に俺は詳しく話す。俺もさっき聞いて信じられないと思ったこと。
もちろん、そのことはすごく嬉しかった。
「このままいけば来年の6月には退院できるって、さっき主治医の先生から話を受けたんだ」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃないよ」
菊の目からポツリと涙が落ちた。
「…菊?」
「…っ嘘みたいです…」
「菊、今日泣いてばっかだな」
「嬉し泣き、ですから」
そう言った菊の頬を濡らしている涙を拭って軽く抱き寄せた。
触れ合ってる所からは菊のぬくもりが伝わる。
菊が生きていることを服越しでも確かに感じられた。
「アーサーさん」
「ん?」
「全部無駄じゃなかったんですね」
「もちろん」
そう俺が言って見ると菊は身体を離した。
「…どうした?」
何かあったのかと不安になって菊を見ていると、菊は笑っていた。
嬉し泣きの涙も、もうその頬には伝っていなかった。
俺の目に映るのは優しい菊の笑顔。
久しぶりに前のように笑ってくれた菊を見て俺も自然と笑った。
「アーサーさん…。未来の話をしましょう?」
「?」
「楽しい事を話しましょう?病気が治って前のようになったときのことを…」
「…そうだな」
菊の口からそんな言葉がこぼれるなんて少し驚いた。
でも、すごくそれは嬉しかった。少しでも、前向きになってくれたと分かったから。
…俺が菊を喜ばせようとしていたのにいつの間にか、いつだって菊は俺を喜ばせるんだな。
菊にそのことを言ったらきっと、「そんなことないですよ」って笑うだろうから俺はまた、菊が初めて話した明るく希望に満ち溢れた未来の話に耳を傾けた。
* * *
菊が長く過ごしたこの病室に、菊の私物は全てなくなっている。
誕生日にプレゼントしたクラスの人達の寄せ書きが貼ってあった壁ももう何もない。
換気の為と開けられた窓からは外の風がクリーム色のカーテンを揺らしていた。
辛いときも、嬉しい事があったときもずっとこの病室にいたせいか、何となく何もない病室が寂しくなった。
今日で晴れて菊は退院。
予定通り退院できた今日は6月の中旬。
俺は菊が来るのを病院の前で待っている。
俺の横には見ごろになったアジサイが咲いている。
ちなみに何で俺が菊に付き添って病院の人たちに挨拶などをしていないかと言うと、退院したあと一番に菊に会いたいから。
と言う事で、俺は退院の日の今日、一度も菊に会っていないのだ。
そんなことを考えていると後ろから聞きなれた声がする。
「アーサーさん」
俺は振り向いた。
菊はまだ長い距離を歩いたりする事はできないから車椅子だ。
「菊」
あと距離は10メートルくらい。
菊が車椅子から立ち上がって俺のほうに駆けてきた。
そんなに走って大丈夫なのかと不安になったが、その前に10メートルの距離は埋まっていた。
駆けて来た菊を胸で抱きとめて思い切り抱きしめる。
菊の身体は治療のせいで改めて強く抱きしめると痩せた事が分かる。
俺よりずっと華奢で小さなこの身体で頑張ってくれた事が純粋にすごいと思った。
「菊よく頑張ったな。お疲れ様」
「はい…。アーサーさん」
愛しくて仕方なくて、自然と俺と菊の唇は重なった。
久しぶりのキスに菊は笑って、恥ずかしそうにはにかんだ。
笑っているのに菊の目からは涙が落ちて、俺の手に落ちた。
唇を離してもう一度抱きしめると耳元で、
「治って良かったです…。こうしてまた、貴方の隣に戻ってこれて…」
そう涙ながらに呟いた。
俺にとっては今までにいろんな人に『よかったね』などと言われてきたが、菊のこのどこにでもありそうな言葉が一番嬉しかった。
今日は梅雨の時期にしては珍しく快晴で夏の始まりを感じる程少し暑かった。
それでも幸せで、幸せで。
傍に居られる幸せをただ、かみ締めた。
第一部Fin!
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