またあえる日に。
*...and they all lived happily ever after Part 1-2*
今日は土曜日で菊が抗がん薬の投与が始まって三日目になる。
菊の白血病のタイプは一週間抗がん薬の投与が続くらしい。
本当はすぐにでも会いに行きたかったのだが菊との約束でムリそうな日は部屋に入らないと決めていたから病室には入れなかった。
あえない日はその場で手紙を書いて渡してもらうようにしている。
ちなみに、今日行けるか行けないかは王が教えてくれるからそれで分かる。
メールという手もあったのだが俺が会えないと言うリスクも踏まえて毎日王の時間に合わせて病室の前まで行く事にしたのだ。
ただ、菊の傍まで俺が行きたかったからなのだけど。
2日間会えていなかったから実質今日初めて菊の所にいく。
…にしても、部屋行くまでが面倒だ。
薬のせいで身体の免疫力が落ちるからマスクをかけて粘着マットで足を綺麗にしてから手の消毒をして、やっと部屋に入る。
王から聞いた様子じゃ、この2日間薬の副作用で吐き気と嘔吐が止まらなかったらしく、制吐剤を使っていたのだがとても会えるような状態じゃなかったと聞いている。
今日はずいぶん体調もいいらしいが実際の所どの程度か分からない。
「…」
思っているよりもずっと緊張している自分がいる。
菊がちゃんと笑ってくれるか分からないからだ。
そんな自分を情けないと一喝して病室の戸を2度軽くノックしてから中に入る。
まずは自分が笑って、菊が少しでも安心できるように。
そう自分の中で約束したから。
「…よ、菊」
小さく言って入るとベットで寝ている菊が居た。
「…あ、アーサーさん」
どうやら起きていたらしくゆっくりと起き上がって「そのいすに座ってください」と、こんな時まで俺に世話を焼く。
そんなのも愛しいと感じられた。
「…菊、声だけじゃないけど身体のほう大丈夫か?」
菊の声はかすれていて3日前の声とは全く違っていて驚いた。
あれからずっと図書館で片っ端から白血病に関する医学書を読んでいたから、だいぶ白血病に対しては詳しくなったのだがこんな事があるなんて知らなかった。
そう聞いた俺に少しだけ微笑を見せてから答える。
でも、この微笑はいつもの癖なだけで本当に笑っていない事なんてすぐに分かった。
「2日間、嘔吐と吐き気が止まらなかったというのは王さんから聞いてますよね…?」
「あぁ、聞いてるよ」
「そのせいで吐く物がなくて吐こうとするからのど壊しちゃったんです」
菊はうつむきながら、うっかりすると聞き逃してしまいそうなくらい小さい声で言った。
俺は菊の手を握った。
菊がうつむいているのは出来れば見たくない。
それは俺の単なるエゴなのかもしれないけど。
「…アーサーさん?」
「思ってたより元気そうでホッとした」
俺が言うと菊は少しだけどやっと笑ってくれて、今度は菊の方から話し出す。
「…そういえば、お手紙ありがとうございました」
「あぁ、体調良くなかったみたいだけど手紙読めたか?」
「はい、…みなさん元気ですか?」
伏せた目を隠すように覆う長いまつげが光を反射して光る。
「まだ3日しか経ってないんだから、なにも変わるこたぁねぇよ」
「そう…でしたね」
菊の寂しげな声が響いた。
しまった、そう思う。
こういった病気になった時不安などで精神的にもかなり影響があると聞いていたのだが、やはりそれは菊も例外ではなかったという事だ。
だから急いで話題を変える。
「…それより!アルたちも菊に会いたいって言ってんだけど会えそうか?」
そういうと菊は伏せていた目を上げて言った。
「…そうですね、お会いしたいですが皆さんの前でこんな姿お見せするわけにもいきませんし…。もう少し状態が良くなってからにしたいですね」
それを聞いて思った事が一つ。
俺の前ではいいのか?
付き合ってまだそんなに経っているわけじゃないしまだ実際は少し踏み込んでいないところが、俺も菊もあった。
だから、そういう弱みを見せてくれるようになったという事は、俺に心を許してくれたと考えてもいいのだろうか…。
…そうだったら、嬉しいな。
微笑んで、菊の手を握った。
「アーサーさん?」
菊は何だか分かっていない顔をして、それから少し目を細めた。
そうして困ったように笑う。
目じりに少しよるしわが、優しい、柔らかい印象を俺に与えた。
「そうだな、あいつらにはそう言っておくよ……。なぁ、菊」
「はい」
前はあんなに容易く出来ていたキスが今は出来ないからせめて…
「抱きしめても、いいか?」
俺がそういうと一瞬菊は驚いた顔をしてから前と変わらないように恥ずかしそうにうなずいて、弱く俺の手を握り返した。
「ありがとう」
それを合図にして俺はいすから立ち上がり、菊をそっと引き寄せるようにして抱きしめた。
☆
彼が私を抱きしめてくる。
まだ彼と数日しか会っていなかっただけなのに、うっかりすると泣いてしまいそうな自分がいる。
だから、看護婦が今来たらきっとかなり気まずくなるんだろうななんてことを考えて意識をずらす。
…アーサーさん。
心の奥で彼の名を呼んだ。
「…ん、何だ?菊」
「…え?」
どうやら心で呼んだ彼の名は唇からこぼれていたらしい。
「今、俺のところ呼んだよな。どうした?」
「あ、いえ。無意識でした…」
何だか恥ずかしくなって口の中でごにょごにょと言っていると頭上でくすりと笑い声が降ってくる。
それからまた黙り込んで、しばらくそのまま抱きしめられたままになる。
ほんの少しに思えたけれど彼とそうしていた時間は、ずっと長かった。
名残惜しいけど、彼だって用事があるだろうし私から口を開いた。
彼の負担になってしまう事だけは避けたい。
「アーサーさん」
「ん?」
「お時間、大丈夫ですか。」
「あぁ…」
彼は腕時計をチラリと見て一度きつく私を抱きしめるとゆっくりと腕を解く。
「そろそろ王も来るだろうし、俺行くな」
「はい…」
離れた身体はスッと外気にさらされぬくもりが消えていく。
「…きーく、そんな悲しい顔しなくても、明日も来るし何かあったらメールしていいから」
彼には、かなわない。
どんなに強がった所でもあっさりとそれを見破ってしまう。
優しく髪を撫でそういう。
「分かりました…。明日も来てくれると嬉しいです…」
少しワガママを言ってみると彼は「当たり前だろ」といって、それから「じゃあまた明日な」そういった。
いすに立てかけられたカバンを持ってゆっくり歩き出す。
「…見送ってあげられなくてごめんなさい」
「いや、会えただけで十分だよ。…あ、菊」
「はい?」
「好きだよ」
その言葉を聞いて私の頬は真っ赤になる。
ベットから出入り口のドアまでは3メートル弱。
いつもよりほんの少し大きな声で言ったら彼に聞こえるくらいだ。
彼の気持ちにこたえたかったから私は、彼の目を見て言う事はまだ恥ずかしくてまだ出来ないけど、言葉にする。
「アーサーさん。…私も…好きです…」
「うん、ありがとう。俺もだよ」
そう言い残して病室から出て行った。
彼が居なくなって部屋がしんとする。
その途端に、恐い。その思いが溢れ出てくる。
泣きそうになっていると彼と入れ違いになって王さんが入ってくる。
「あ…王さん」
王さんはいつものようにニッコリと笑顔を向けて駆け寄ってくる。
その笑顔に助けられて涙は寸止めで止まってくれた。
「菊っ、元気そうで何よりある!吐き気の方は昨日に比べてどうあるか?」
「それなら大分いいですよ」
彼にも会えたし、それで十分だ。
彼もいつものように笑ってくれたし、抱きしめてくれた。
何も考えなければいつもとなんら代わりのない日々。
でも、明らかに私の状態がおかしい。
何故か知らないうちにこぼれた涙を王さんは、何も言わずに私の変わりにぬぐってくれた。
私は心がいろんなことが混ざってどうすればいいのか分からない。
ただ分かっているのは「恐い」「苦しい」それだけ。
次々と溢れて止まらない涙をぬぐわなくてはいけないのに手が動かない。
そんな私を見て王さんは「少し外に出るあるか」と、そっと聞いて小さくうなずいた私にそっと、手を差し伸べてくれた。
自分のことなのに全然自分のことが分からない。
そんな事初めてだった。
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