またあえる日に。
*...and they all lived happily ever after Part 1-4*
静かな病室に本のページをめくる音だけが響く。
今日はアーサーさんとアルフレッドさん、それからフランシスさんが来てくれるのだ。
確か今日はイベントのようなものがあった気がするのだがよく思い出せない。
なんだったんだろう。少しだけ、胸に引っかかる。
そんなことを考えていたら不意にドアが開いた。
たぶん彼たちが来たのだろう。
カーテンのせいで入り口の様子は私にはよく分からないが、「アーサー!菊と早く会いたいんだぞ!!」「っ!ばかアル、静かにしてろよ」「坊っちゃん、そんな気取っちゃってー、アーサーのくせにー」なんて懐かしいやり取りが聞こえる。
静かに入り口と私の居る場所とを隔てていたカーテンが引かれ、萌葱色の瞳と目が合う。
「…菊」
少し不安そうに揺れていた彼の瞳は私と目が合うとその色がすうっと消えた。
「アーサーさん」
「アル達も約束どうり来たけど今日は入れても平気か?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
私の返事を聞くと微笑んでアルフレッドさん達を呼ぶ。
彼が呼ぶと一番にアルフレッドさんが私のほうに来てそれに少し遅れてフランシスさんも来た。
「菊ー!会いたかったんだぞっ」
「きーくーちゃんっ、久しぶり」
フランシスさんがアルフレッドさんの背後からぴょこんっと顔を出すものだから少し微笑む。
「おい、だからもう少し声はおさえろって…」
走って私のほうに来たアルフレッドさんに注意してカーテンを閉めると彼もこちらに来る。
「菊!思ったよりも元気そうでよかったんだぞ」
「大分慣れてきましたからね」
自分の顔に自然と笑みがこぼれて前までなら辛くしかならなかったであろう、この懐かしい空気が今はとても嬉しい。
そんな風にしばらく皆さんと話していると、思い出したようにアルフレッドさんがカバンから何かを出して私に渡してきた。
「これは?」
「何ってプレゼントなんだぞ!」
「…欧州のお方はなんでもない日にプレゼントをくれるのですか?」
私が言うと全員が一瞬固まってそれからアルフレッドさんが笑いながら言う。
「今日は菊の誕生日だろう?」
…あぁ、それで何か引っかかっていたのか。
やっとすっきりした。
「忘れてました、つい病院の中だとそういった感覚が薄れてしまうもので…」
そういうと何となくアルフレッドさんが悲しそうな顔をした。
私はそれにすぐ気が付いてどうすればいいのか分からなくなってしまった。
困っているとアーサーさんが「菊、プレゼント見てみな」そう言ってくれた。
アーサーさんは本当に私の気持ちを察してくれる。
そんな彼に感謝しながら袋から出してみる。
「これは?」
目に入ったのはクラスの人の写真と恐らく全員分の寄せ書き。
「みんなに書いてもらったんだよ。菊ちゃんのことみんな心配してるんだから」
「ちょっとでも支えになれば良いね、ってみんな張り切るから色紙3枚になっちゃったんだぞ!」
私の瞳から涙が一筋落ちて手の甲に落ちた。
止めようと思っても涙は止まらなくて。
私なんてもうしばらく学校に行ってないのに皆、気に留めておいてくれてたなんて。
本当にこんなにも温かい友達や、恋人、そしてクラスメイトを持っている私はきっと今、世界で一番幸せだと思う。
「菊っ、何で泣いてるんだい?」
「…嬉しいんです…」
皆さんの優しさは下手をしたら心が折れてしまいそうな私の確かな支えになってくれた。
☆
それから菊は俺達と学校の事、明るい事、そんなことを話していた。
今はアル達が帰って菊と俺で2人きりだ。
「菊」
「…?」
菊を呼ぶと顔を上げた。
「もうひとつプレゼントだ」
俺がそう言うと菊は不思議そうな顔をして、大きな目を何度もぱちぱちとしてまばたきをした。
それから少し首をかしげて「何ですか?」と言う。
そんな菊に俺は言う。
「退院の目処が付いた」
「え?」
困惑している菊に俺は詳しく話す。俺もさっき聞いて信じられないと思ったこと。
もちろん、そのことはすごく嬉しかった。
「このままいけば来年の6月には退院できるって、さっき主治医の先生から話を受けたんだ」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃないよ」
菊の目からポツリと涙が落ちた。
「…菊?」
「…っ嘘みたいです…」
「菊、今日泣いてばっかだな」
「嬉し泣き、ですから」
そう言った菊の頬を濡らしている涙を拭って軽く抱き寄せた。
触れ合ってる所からは菊のぬくもりが伝わる。
菊が生きていることを服越しでも確かに感じられた。
「アーサーさん」
「ん?」
「全部無駄じゃなかったんですね」
「もちろん」
そう俺が言って見ると菊は身体を離した。
「…どうした?」
何かあったのかと不安になって菊を見ていると、菊は笑っていた。
嬉し泣きの涙も、もうその頬には伝っていなかった。
俺の目に映るのは優しい菊の笑顔。
久しぶりに前のように笑ってくれた菊を見て俺も自然と笑った。
「アーサーさん…。未来の話をしましょう?」
「?」
「楽しい事を話しましょう?病気が治って前のようになったときのことを…」
「…そうだな」
菊の口からそんな言葉がこぼれるなんて少し驚いた。
でも、すごくそれは嬉しかった。少しでも、前向きになってくれたと分かったから。
…俺が菊を喜ばせようとしていたのにいつの間にか、いつだって菊は俺を喜ばせるんだな。
菊にそのことを言ったらきっと、「そんなことないですよ」って笑うだろうから俺はまた、菊が初めて話した明るく希望に満ち溢れた未来の話に耳を傾けた。
* * *
菊が長く過ごしたこの病室に、菊の私物は全てなくなっている。
誕生日にプレゼントしたクラスの人達の寄せ書きが貼ってあった壁ももう何もない。
換気の為と開けられた窓からは外の風がクリーム色のカーテンを揺らしていた。
辛いときも、嬉しい事があったときもずっとこの病室にいたせいか、何となく何もない病室が寂しくなった。
今日で晴れて菊は退院。
予定通り退院できた今日は6月の中旬。
俺は菊が来るのを病院の前で待っている。
俺の横には見ごろになったアジサイが咲いている。
ちなみに何で俺が菊に付き添って病院の人たちに挨拶などをしていないかと言うと、退院したあと一番に菊に会いたいから。
と言う事で、俺は退院の日の今日、一度も菊に会っていないのだ。
そんなことを考えていると後ろから聞きなれた声がする。
「アーサーさん」
俺は振り向いた。
菊はまだ長い距離を歩いたりする事はできないから車椅子だ。
「菊」
あと距離は10メートルくらい。
菊が車椅子から立ち上がって俺のほうに駆けてきた。
そんなに走って大丈夫なのかと不安になったが、その前に10メートルの距離は埋まっていた。
駆けて来た菊を胸で抱きとめて思い切り抱きしめる。
菊の身体は治療のせいで改めて強く抱きしめると痩せた事が分かる。
俺よりずっと華奢で小さなこの身体で頑張ってくれた事が純粋にすごいと思った。
「菊よく頑張ったな。お疲れ様」
「はい…。アーサーさん」
愛しくて仕方なくて、自然と俺と菊の唇は重なった。
久しぶりのキスに菊は笑って、恥ずかしそうにはにかんだ。
笑っているのに菊の目からは涙が落ちて、俺の手に落ちた。
唇を離してもう一度抱きしめると耳元で、
「治って良かったです…。こうしてまた、貴方の隣に戻ってこれて…」
そう涙ながらに呟いた。
俺にとっては今までにいろんな人に『よかったね』などと言われてきたが、菊のこのどこにでもありそうな言葉が一番嬉しかった。
今日は梅雨の時期にしては珍しく快晴で夏の始まりを感じる程少し暑かった。
それでも幸せで、幸せで。
傍に居られる幸せをただ、かみ締めた。
第一部Fin!
*...and they all lived happily ever after Part 1-2*
今日は土曜日で菊が抗がん薬の投与が始まって三日目になる。
菊の白血病のタイプは一週間抗がん薬の投与が続くらしい。
本当はすぐにでも会いに行きたかったのだが菊との約束でムリそうな日は部屋に入らないと決めていたから病室には入れなかった。
あえない日はその場で手紙を書いて渡してもらうようにしている。
ちなみに、今日行けるか行けないかは王が教えてくれるからそれで分かる。
メールという手もあったのだが俺が会えないと言うリスクも踏まえて毎日王の時間に合わせて病室の前まで行く事にしたのだ。
ただ、菊の傍まで俺が行きたかったからなのだけど。
2日間会えていなかったから実質今日初めて菊の所にいく。
…にしても、部屋行くまでが面倒だ。
薬のせいで身体の免疫力が落ちるからマスクをかけて粘着マットで足を綺麗にしてから手の消毒をして、やっと部屋に入る。
王から聞いた様子じゃ、この2日間薬の副作用で吐き気と嘔吐が止まらなかったらしく、制吐剤を使っていたのだがとても会えるような状態じゃなかったと聞いている。
今日はずいぶん体調もいいらしいが実際の所どの程度か分からない。
「…」
思っているよりもずっと緊張している自分がいる。
菊がちゃんと笑ってくれるか分からないからだ。
そんな自分を情けないと一喝して病室の戸を2度軽くノックしてから中に入る。
まずは自分が笑って、菊が少しでも安心できるように。
そう自分の中で約束したから。
「…よ、菊」
小さく言って入るとベットで寝ている菊が居た。
「…あ、アーサーさん」
どうやら起きていたらしくゆっくりと起き上がって「そのいすに座ってください」と、こんな時まで俺に世話を焼く。
そんなのも愛しいと感じられた。
「…菊、声だけじゃないけど身体のほう大丈夫か?」
菊の声はかすれていて3日前の声とは全く違っていて驚いた。
あれからずっと図書館で片っ端から白血病に関する医学書を読んでいたから、だいぶ白血病に対しては詳しくなったのだがこんな事があるなんて知らなかった。
そう聞いた俺に少しだけ微笑を見せてから答える。
でも、この微笑はいつもの癖なだけで本当に笑っていない事なんてすぐに分かった。
「2日間、嘔吐と吐き気が止まらなかったというのは王さんから聞いてますよね…?」
「あぁ、聞いてるよ」
「そのせいで吐く物がなくて吐こうとするからのど壊しちゃったんです」
菊はうつむきながら、うっかりすると聞き逃してしまいそうなくらい小さい声で言った。
俺は菊の手を握った。
菊がうつむいているのは出来れば見たくない。
それは俺の単なるエゴなのかもしれないけど。
「…アーサーさん?」
「思ってたより元気そうでホッとした」
俺が言うと菊は少しだけどやっと笑ってくれて、今度は菊の方から話し出す。
「…そういえば、お手紙ありがとうございました」
「あぁ、体調良くなかったみたいだけど手紙読めたか?」
「はい、…みなさん元気ですか?」
伏せた目を隠すように覆う長いまつげが光を反射して光る。
「まだ3日しか経ってないんだから、なにも変わるこたぁねぇよ」
「そう…でしたね」
菊の寂しげな声が響いた。
しまった、そう思う。
こういった病気になった時不安などで精神的にもかなり影響があると聞いていたのだが、やはりそれは菊も例外ではなかったという事だ。
だから急いで話題を変える。
「…それより!アルたちも菊に会いたいって言ってんだけど会えそうか?」
そういうと菊は伏せていた目を上げて言った。
「…そうですね、お会いしたいですが皆さんの前でこんな姿お見せするわけにもいきませんし…。もう少し状態が良くなってからにしたいですね」
それを聞いて思った事が一つ。
俺の前ではいいのか?
付き合ってまだそんなに経っているわけじゃないしまだ実際は少し踏み込んでいないところが、俺も菊もあった。
だから、そういう弱みを見せてくれるようになったという事は、俺に心を許してくれたと考えてもいいのだろうか…。
…そうだったら、嬉しいな。
微笑んで、菊の手を握った。
「アーサーさん?」
菊は何だか分かっていない顔をして、それから少し目を細めた。
そうして困ったように笑う。
目じりに少しよるしわが、優しい、柔らかい印象を俺に与えた。
「そうだな、あいつらにはそう言っておくよ……。なぁ、菊」
「はい」
前はあんなに容易く出来ていたキスが今は出来ないからせめて…
「抱きしめても、いいか?」
俺がそういうと一瞬菊は驚いた顔をしてから前と変わらないように恥ずかしそうにうなずいて、弱く俺の手を握り返した。
「ありがとう」
それを合図にして俺はいすから立ち上がり、菊をそっと引き寄せるようにして抱きしめた。
☆
彼が私を抱きしめてくる。
まだ彼と数日しか会っていなかっただけなのに、うっかりすると泣いてしまいそうな自分がいる。
だから、看護婦が今来たらきっとかなり気まずくなるんだろうななんてことを考えて意識をずらす。
…アーサーさん。
心の奥で彼の名を呼んだ。
「…ん、何だ?菊」
「…え?」
どうやら心で呼んだ彼の名は唇からこぼれていたらしい。
「今、俺のところ呼んだよな。どうした?」
「あ、いえ。無意識でした…」
何だか恥ずかしくなって口の中でごにょごにょと言っていると頭上でくすりと笑い声が降ってくる。
それからまた黙り込んで、しばらくそのまま抱きしめられたままになる。
ほんの少しに思えたけれど彼とそうしていた時間は、ずっと長かった。
名残惜しいけど、彼だって用事があるだろうし私から口を開いた。
彼の負担になってしまう事だけは避けたい。
「アーサーさん」
「ん?」
「お時間、大丈夫ですか。」
「あぁ…」
彼は腕時計をチラリと見て一度きつく私を抱きしめるとゆっくりと腕を解く。
「そろそろ王も来るだろうし、俺行くな」
「はい…」
離れた身体はスッと外気にさらされぬくもりが消えていく。
「…きーく、そんな悲しい顔しなくても、明日も来るし何かあったらメールしていいから」
彼には、かなわない。
どんなに強がった所でもあっさりとそれを見破ってしまう。
優しく髪を撫でそういう。
「分かりました…。明日も来てくれると嬉しいです…」
少しワガママを言ってみると彼は「当たり前だろ」といって、それから「じゃあまた明日な」そういった。
いすに立てかけられたカバンを持ってゆっくり歩き出す。
「…見送ってあげられなくてごめんなさい」
「いや、会えただけで十分だよ。…あ、菊」
「はい?」
「好きだよ」
その言葉を聞いて私の頬は真っ赤になる。
ベットから出入り口のドアまでは3メートル弱。
いつもよりほんの少し大きな声で言ったら彼に聞こえるくらいだ。
彼の気持ちにこたえたかったから私は、彼の目を見て言う事はまだ恥ずかしくてまだ出来ないけど、言葉にする。
「アーサーさん。…私も…好きです…」
「うん、ありがとう。俺もだよ」
そう言い残して病室から出て行った。
彼が居なくなって部屋がしんとする。
その途端に、恐い。その思いが溢れ出てくる。
泣きそうになっていると彼と入れ違いになって王さんが入ってくる。
「あ…王さん」
王さんはいつものようにニッコリと笑顔を向けて駆け寄ってくる。
その笑顔に助けられて涙は寸止めで止まってくれた。
「菊っ、元気そうで何よりある!吐き気の方は昨日に比べてどうあるか?」
「それなら大分いいですよ」
彼にも会えたし、それで十分だ。
彼もいつものように笑ってくれたし、抱きしめてくれた。
何も考えなければいつもとなんら代わりのない日々。
でも、明らかに私の状態がおかしい。
何故か知らないうちにこぼれた涙を王さんは、何も言わずに私の変わりにぬぐってくれた。
私は心がいろんなことが混ざってどうすればいいのか分からない。
ただ分かっているのは「恐い」「苦しい」それだけ。
次々と溢れて止まらない涙をぬぐわなくてはいけないのに手が動かない。
そんな私を見て王さんは「少し外に出るあるか」と、そっと聞いて小さくうなずいた私にそっと、手を差し伸べてくれた。
自分のことなのに全然自分のことが分からない。
そんな事初めてだった。
*...and they all lived happily ever after Part 1*
*...and they all lived happily ever after Part 1*
<前置き>
*一応中学生設定だけど、ほとんど気にしなくて大丈夫です。
*ちなみに、世界w学園中等部(こんな名前ですが学ヘタじゃないです^^)全寮制。高校もそのまま、エスカレーター。
*全体的に少し重たいです。そういう空気が苦手な方はお逃げください。
<中心人物>
本田菊 … アーサーカークランドと付き合っている。
優しく、強い子。
元々、人付き合いは得意な方ではなかったがアーサーと付き合ってからは少し
ずつ、得意になってきたよう。(陰で努力するタイプ)
アーサー・カークランド … 菊と付き合っている。
少々、喧嘩腰だったりするのでトラブルに巻き込まれる事も
時々…。
菊と付き合ってからは大分柔らかくなった人。
根は優しい、恋人思い。
という事で、この2人が物語の中心にいます。
必ず最後に愛は勝つ。
そんな話しです。嘘です、真面目です。
次の文から本文です。
↓
こんなに一つのことで運命が変わるなんて思ってもいなかった。
「…白血病…ですか」
はじめはカゼかと思っていたのだがそれは白血病の症状だったらしい。
話を聞けば少しどこかにぶつけただけで内出血をして、それが痛くないのもそうらしい。
私は幸い転ぶことが無く分からなかったのだが、一度傷が出来ると血が止まりにくいこともあるらしい。
語尾の最後に「らしい」とつくのは私がまだ自分が白血病だという実感が無いからだ。
そのせいか、病のことを聞いても私は泣かなかった。
「あぁ、そうでしたか」なんて反応をしながら、でもそんな中頭の中ではいろいろずっと考えていた。
このまま出来る所までは周りには黙っておこうか。
だからと言ってこのままいわなければ周りに迷惑がかかってしまう。
そうだ、
アーサーさんには?
彼にはどうつたえればいいの?
考えていたら何となく実感がわいてきてポツリと言葉が漏れた。
「どうすればいいんでしょう?」
それは私の率直な気持ちだった。
* * *
リリリンッ と電話のベルが軽やかに鳴る。
私は、まだ眠っている彼を起こさないように早歩きで電話に出る。
「はい」
彼も眠っているし少し控えめにそう答えると相手は私に確認をとるようにして来た。
「本田か?朝から悪い」
今日は、先生の事情かなにかで授業が10時半からで、今時計を見てももう9時に針は周りそうなのだが生真面目なルートさんは、気を使っているらしい。
「大丈夫です。さっきシャワー浴びてたところですし」
私がそういうと何故かルートさんは黙ってしまい、私も黙っているとルートさんが申し訳なさそうに言う。
「…いや、悪かった」
「え?」
私にはよく分からなかった。だから、思わず聞き返してしまった。
「…あ、だからだな。昨夜、遅くまでカークランドといろいろしていたなら―…」
その言葉を聞いて一気に顔が熱くなってきてルートさんの言葉を遮った。
「ち違いますよっ。別に何も無いですっっ」
その言葉を聞いて「なら、いいのだが」と言ってから少し口をつぐんで本題を口にした。
「一つ聞きたいのだが、本当に治療しないのか?…今からなら十分治る確率はあるのだろう?」
そういわれて私は何もいえなくなった。
私だって、治したくないわけじゃない。
でも、抗がん剤での治療はしたくない。
それに私のタイプは治りにくいと言うことも知ったから。
「…いいんです、私はもう決めたから」
アーサーさんを自分の傍から遠ざけることも。
そして、私が死ぬまでもう彼と会わない覚悟も。
「そうか」
「もう…良いですね。切りますよ」
出来ればこの話はしたくない。
せっかく決めた覚悟が鈍ってしまいそうだから。
だから、ルートさんが「あぁ」と言ったのを聞いて私から電話を切った。
小さくため息を吐いてふと後ろを向くと寝ぐせ頭をぐしゃぐしゃやってベットに座っている彼が見えた。
少し眩しい朝の光が彼を綺麗に照らし出している。私はその姿が好きだ。
それを見ながら私は、「せっかく覚悟を決めたんだ、言うなら今しかない」そう思った。
覚悟が揺らぐ前に早く、早くと私は小さく息を吸って彼に話しかけた。
「…アーサーさん」
「ん?」
(あぁ、もうなんで?)
今から私が酷い嘘を言おうとしているのが余計にいけない事に思えてしまう。
貴方がそんなに優しく笑うから。
でも、でもね。笑わないで聞いてくださいね。
私だって、もう後戻り出来ないから。
彼にばれない様に小さく息を吸って。
「…私と…別れましょう。アーサーさん……私は貴方がいやになったんです」
「は?」
やっぱり、思ったとおりの反応だった。
彼は手を止めて口をあんぐりとあけている。
意味が分からないと言うように。
「今言ったとおりです、別れましょう」
「…菊?」
彼の顔は酷く傷ついたような顔をしていて私のほうが泣きそうになってくる。
たぶん今声を出したら私はすぐにでも泣いてしまうだろう。
分かっていたけど私は声を出してしまった。
もうこれを逃したら私から彼に話しかけることは出来ないだろうから。
「さよなら…。アーサーさん…」
案の定私の頬には流れた涙が跡を作った。
「菊…いきなりなんで、お前に何かしたか?それに…何で別れようって言ったお前のほうがそんなに苦しい顔してるんだよ。泣いてるんだよ」
こんなときまで優しい彼は私に気を使ってくれる。
貴方は優しい。
とても、とても。
「貴方は何もしていませんよ。私の勝手な都合です…どうぞ私のことは忘れて…」
もう制服に着替えていた私は鞄を持ってその場を駆け出した。
しかし、彼が私の腕を引き、そのまま引き止めた。
私は振り返ることなんて出来るはずも無く…。
「菊、行くなって。せめて理由だけでも―…」
私はその手を、愛しい人への想いを、振り払った。
「ごめんなさい。アーサーさん…さようなら…ですよ」
もうだめなんですよ、アーサーさん。
私は傍にいちゃいけないんですよ。
そう思って私は部屋を出た。
走って、はしって…。
少し後ろを見ても貴方は見えなくて、
当たり前、自分から言ったんだから貴方が来ないのは当たり前で。
分かってたけど、わかってたけど
だけど、
貴方はとても優しいから少しでも私は期待したんですよ。
心の隅で、少しだけ。
私はなるべくゆっくり、でも彼が追いつかない程度の速さのまま教室に向かった。
歩いている間に乾いた頬にほっとしつつもどこか切なくなりながら。
本当は、追いかけていつもみたいに抱きしめて欲しかったんですよ。
…アーサーさん。
朝のことがグルグルしているままで俺は菊を追って急いで教室に行った。
俺には何で彼があんなことを言ったのかなんて丸で見当がつかないからただイライラが増えていくだけだ。
「何でなんだよ…菊…」
そんなことを呟きながらチラリと彼を見るといつも通り…に見えるがどこか具合の悪そうな彼が居る。
いつもの様に窓際の席で頬杖をついて空を眺めていた。
少し心配になって彼を見ていると横から話しかけられた。
「カークランド」
「あ?何だよ」
こんなときにうるせーな、なんて思って振り返ると菊の兄、王耀が居た。
その顔はいつもの表情ではなくどこか悲しそうだった。
「ちょっと来るよろし。…その様子じゃ菊には理由聞けてねぇみてぇあるからな」
その言葉でさっき思ったことは忘れることにする。
でも口から出てきたのはまだ機嫌の悪そうな声。
「理由…知ってんのか?」
それにも王耀は表情を変えることなく続ける。
「我は菊の兄あるよ?知らねぇわけねぇある」
(じゃぁ何でお前が教えてくれないんだよ)
と始めは思ったけど言いづらい事なのかも知れない、と無理やり思い込む。
無言で背を向けて歩き出した王耀に急いで席から立ってついて行くと目の前に居たのは腐れ縁の男だった。
ただでさえ少し機嫌の悪いところだったから思わず口から、
「帰る」
なんて言葉が出たのだがそれを王耀が遮った。
「ちょっと待つよろし。お前こいつは菊の理由知ってるあるよ」
それを言われてさっきから思っていたことがついに口からこぼれた。
「立ったらお前に聞けば―…」
「無駄ね。われからは話すつもりねぇあるからな」
そう言われてしまえば不本意にもバカ髭の話を聞かなくてはならないじゃないか。
「っち、分かったよ。…フランシス教えろ」
空いている席にドカッと腰を下ろしてフランシスを見る。
さっきの話は大体聞いていたようで苦笑しながら「はいはい」と気の抜けたような返事を返してくる。
でもその表情も何故かすぐに曇って俺と目もあわせないまま話し始めた。
その内容は信じられないもの。本当に嘘みたいだ。
「菊ちゃんの事だけどね、菊ちゃん白血病なんだよ。それでも最初のほうで気が付けたから今からなら治る可能性も十分ある。…でも」
もうついていってないような頭で必死に状況把握しているけれど信じられない。
「でも?」
俺が何とか声を出して聞いた質問にフランシスは少し間を取って答えた。
「菊ちゃん治療したくないんだって」
…さっき今からなら十分治るって言ったじゃねぇかよっ…。
何で菊は逃げてるんだよ…。
菊らしくない。
「なんで」
「俺も説得したけどダメだった。…とすればアーサーお前しか居ないと思うよ」
いきなり言われたってわかんねぇって…すぐこんな大きな事を噛み砕けるわけがない。
大切な人を失うかもしれないのに。
「俺が行くしかないんだろ?…でもさ、情けないけど一度に言われたって分かんないって」
俺がそんなネガティブな事を言っていたら王耀がいきなり俺に頭を下げてきた。
正直、かなり驚いた。
「カークランド、頼むあるっ!菊を説得してほしいある!」
俺にこいつが頭を下げる事なんて初めてだったからどうしようもなく困ってしまい王耀に言う。
「…分かったよ、俺が説得する。…俺だってどうしてふったのかも聞きたいから」
立ち上がって少し歩き出すと背中をトンっと押された。
「ありがとうある、カークランド」
俺は「別にお前のためじゃねーよ」なんて自分でも可愛げのないような事を言って少し速度を速めた。
これからの未来を菊と向き合って一緒に生きていくためにもまず、俺が真実を受け入れなければいけないのだ。
傍に行ってみると窓際の席で一人空を眺めている彼がいる。
ここまで来たのに気が付かないなんてそうとうボーっとしているのだろう。
そでからのぞく手には何故かあざがある。
「菊」
俺の声に反応して顔を上げまるで初めてあった時の様な無表情で見て一言言う。
「アーサーさん、別れるっていったでしょう?」
彼は、このまま俺が離れるとでも思ったのだろうか。
でもな、俺はそんなに潔い人間じゃないんだよ。
そんなのは、今まで一番俺の傍に居た菊がよく知っているだろう?
「…フランシスから聞いたよ」
菊を追いかけたせいでまだそこまで人は居ないが一応菊にだけ聞こえるように小さな声で話し続ける。
それに彼はばつが悪そうに下を向いた。
「菊の病気の事も、治療を受けないって言っていることも」
「…」
「何でなんだ?今からなら治るんだろう」
俺がそんな事を言っていると彼が口を開いた。
「こわいんですよ…。治療を受ければ私は貴方の好きな菊ではなくなるんですよ?貴方が、私がどんな姿になっても好きで居てくれる自信が―…」
彼がそこまで言うと俺は彼を抱きしめた。
腕の中にいる彼は驚いたのか身体を強張らせたがすぐにふっと力を抜いて俺のシャツのすそを少しだけ握る。
「ばか」
「アーサーさん?」
「ばかだよ、本当。俺がそれくらいで菊のこと嫌いになるとでも思ってわざわざ強がってまで俺をフったのかよ」
「本当にばかだな」もう一度言ったら菊が言い返してくる。
「…だって、抗がん剤の治療をしたら髪だって抜けてしまうし、貴方の前で吐いてしまう事だってあるんですよ?…それでもアーサーさん…貴方は私を好きと言えますか?私が私でなくなってもそれでも…」
菊の声は震えていた。
俺は別に平気なんだけど菊にとっては、病を背負った者にとっては、それは大変重要なのかもしれない。
…だったら俺がすることはひとつだけ。
彼の気持ちを軽くする事。
そして、ちゃんと治療と向き合わせる事。
「菊よく聞け。俺は正直そんなの気にしない、髪の事が菊が気になるんだったら帽子をかぶっておけばいいし、
俺の前で吐く事を気にしてるんだったら無理そうな日は部屋に入んないから。もし吐いても、背中さするくらいは俺にだって出来るからさ、だから俺にも菊が背負ってるもの俺にも背負わせてくれ」
「……貴方は、いいんですね」
泣きそうな声でそういう彼の背を撫でて少しでも落ち着けるように思っていたことを言う。
「あぁ、病気は2人で治して菊を絶対幸せにする。それに、どんな菊でも全部俺の好きな菊だ」
言うなり菊は黙り込んでしまって、どうしたのかと見ていると顔をトマトみたいに赤くしている菊が見えた。
「…菊?」
「……うれしい……です」
消え入るようにそういう。
…かわいい…。
それから少しお互いに黙っていると後ろから王耀の声と足跡がする。
…どんだけ地獄耳なんだよ。とか思う。
「菊ー!!良かったある!やっと治療受けてくれるあるね!!」
勢いよく走ってきた王耀に軽く突き飛ばされる。
菊を見てみると早速王耀に抱きしめられていた。
「王さん、苦しいですって…」
「嬉しいあるよ!!あともう少しこうして居たいあるっっ」
きつく抱きしめられて苦しそうな顔をしていたけど彼は幸せそうな顔をしていた。
思えば、これが心から菊が笑っているのは最後だったかも知れない。
ここから先は想像を絶するような、それこそ悪夢のような現実が待っていた。
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